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きょーちか旅行ブログ

きょーちか、それは旅する実体験ブログ

あなたは「においの思い出」について考えたことがあるだろうか

育児日記

3ヶ月になるウチのぼっちゃんは、抱っこをしていないと寝てくれず、さらには歩いてユラユラ揺れていないと満足してくれないようです。

奥さんがお風呂に入っている間はぼっちゃんが泣かないように、家の中をずーっとウロウロとしています。ときどき私のほうが先に力尽きて寝ているのは内緒です。

 

ぼっちゃんと夜の散歩

今日は趣向を変えて夜の8時くらいにぼっちゃんと近所の土手川を散歩してみました。私の住むマンションの前には2m幅の小さな川があります。川といっても生活排水の合流所のような感じもしますが。まあ見た目はキレイです。

川沿いには歩道がありまして、ここは車は通りません。よく小さな子どもがザリガニを取っているのを見かけます。安心して遊べる場所です。

 

そんな川沿いを、ごきげんに寝始めてくれたぼっちゃんと一緒に歩いていました。もう7月。「2016年も半分過ぎてしまったなぁ」なんて考えていたら、どこか懐かしいにおいがしてきました。

暑い時期にしか感じられない、モワッとした土手川のにおい。決していいにおいではないけれど、どこか懐かしい気持ちにさせてくれます。この香りは小さいころに良く行った、大阪のおばあちゃん家の香りでした。

 

大阪のおばあちゃん

おばあちゃん家も土手川沿いにあって、昔は良くそこでサワガニを取ったりしたものです。おばあちゃん家に行くと毎回モモが出てきました。

家の近くにある小さいスーパー(コンビニがない時代の小さな便利屋みたいなの)でお菓子を買ってもらったりしたものです。懐かしい。

 

宮城のおばあちゃん

そういえば最近は5時前には起きていることが多いのですが、霧がかった朝に窓を開けると、今度は宮城のおばあちゃん家を思い出すことがあります。

こちらは目の前が田んぼだらけの場所なのですが、青っぽいけれどもさわやかな香りがしていたような、気がするんです。

 

広いお庭でアゲハチョウを取ったり、田んぼの水が流れる用水路で葉っぱレースをしたり、冷凍庫にあるたくさんのアイスから好きなものを選んだり、あのときも楽しかったような気がします。

おばあちゃん、たくさんジュースやアイスを買ってきてくれてるんです。今考えると「おばあちゃんもワクワクしながらスーパーでアイスを選んでいたのかなぁ」なんて思います。

 

夏の思い出

夏の記憶を思い出すと、夏休みにおばあちゃん家に行ったことばかり思い出すんです。ぼくの夏休み状態です。実際は家で過ごしている時間のほうが長いはずなのに、日常は記憶に残りにくいんですかね。

 

目で見た記憶・においの記憶

においの思い出って特別な気がします。目で見る思い出とは感じ方が違うんです。目で見た記憶、たとえば京都の銀閣寺に感動したとして(渋い)、もう一度その思い出に触れた時って「あーやっぱりいいね」という感じだと思うんです。

ヒトは目で見た情報はものすごく処理するのが上手なんですが、それ故に視覚的な記憶って一瞬で思い出せるし、深みがない気がします。

 

一方で鼻で感じた記憶って、そう簡単には思い出させてくれません。「あれ、このにおいはどこかで嗅いだことがあるような…」というちょっとした推理からはじまることが多く、「あ!これはおばあちゃん家の土手川の香りだ!」と思い出すだけでも楽しませてくれます。(ちょっとしたスッキリ感もあります)

さらには「おばあちゃんモモ買ってくれたよなぁ」とか付随する記憶がドバドバと止めどなく出てくるのも特徴的です。目で見た記憶だと、こういう深みと広がりのある楽しみはあんまりない気がします。

 

鼻で感じる記憶は奥が深い。あんまり「覚えておこう」と思って覚えられるものでもないし、ましてや「視覚情報で言う写真」のように残し方もない。その微かにだけ残る曖昧さがいいのかもしれません。

今はなぜか高山で出会ったおいしい味噌屋さんがどんなにおいだったかが気になってしょうがないです。気になるなぁ。

 

ちなみにこの日記を書いてる間にもぼっちゃんは3回起き、少し歩いては寝てくれました。私はぼっちゃんの頭のにおいが大好きで、おいしいスープの蓋を開けた時のようにその香りを楽しんでいます。

また何年後かに偶然似たにおいに出会ったとき、「これは…ぼっちゃんの頭の香りだ!あの頃はよくぼっちゃんと良く土手川沿いを歩いたなぁ」なんて思い出すのかもしれません。

 

サムネ画像用に

ぼくのなつやすみ

ぼくのなつやすみ