(諸事情により文体が「である調」になっています。あしからず)
トルコの旅行中、暇を見つけては現地で日記を書き続けていた。その日記は16,000字にもなっていた。小学生のときに嫌々に書かされた読書感想文で考えてみると、原稿用紙40枚分にもなる。
ブログをはじめて2年になる今となっては、「たかが16,000字」
だけど、当時は純粋な日記として、誰に見せるわけでもない、ただの記録として書いていた。それでこの文字数。きっとそれだけ、トルコで考えることがあったのかもしれない。
当時の日記に写真を添える形で、訪れた観光地・泊まったホテル・私の思い出を一つの記事にまとめようと思う。
夫婦トルコ旅行の1日目成田空港での出国前の静かなワクワク
成田空港
HISの受付カウンターへ。今回は初の添乗員同行ツアーだった。トルコ国内の移動を自分でするのは大変そうだったのでバスツアーにしたんだった。
エティハド航空
今回乗る飛行機はエティハド航空というアラブの航空会社で、サービスも食事も美味しかった。佐藤さん(バイト先の旅行通)曰く、アラブ系の航空会社は待遇がスバラシイらしい。誰に対してもVIP待遇で扱ってもらえる。
LANは飛んでるし、USBポートはあるし、テレビでかいし、添乗員さんイケメンだし、確かに凄かった。
航空会社の大会(?)で3年連続優秀賞をとっているというのも頷ける。
3年後のあとがき
初日の写真が一枚もないというのはブロガーをやっている今としてはまったく考えられない。だけど、それもこうやって振り返ってみると、おもしろいなって思う。
夫婦トルコ旅行の2日目イスタンブールを路面電車で散歩する
アブダビ空港(アラブ首長国連邦)
飛行機内ではほとんど寝れないまま、トランジットであるアブダビ空港へ着いてしまう。ケツ痛い…
アブダビ空港はさすが石油国という感じの内装で、テレビで見るような白い装束を着た人たちが本当にいた。アニメだけの世界だと思っていた…
案内板に書いてあった見慣れない蛇のマークと宮殿のマークを目指して旅に出るも、目的の場所が見つからない(ちなみに蛇は「医務室」、宮殿は「お祈りの部屋」らしい)。
仕方なしに、座っていいのかもわからない非常に高級なソファに吸い込まれ包まるようにして惰眠を貪ることにした。
ふだんはワインを飲まないけど、機内では必ず飲んでしまう。何でなんだろう。
アブダビからトルコに向かう飛行機では、A lucky one(邦題:一枚のめぐり逢い)とA thousand words(ジャックはしゃべれま1,000)という映画を見た。
小さい頃に見た、グースとかスタンドバイミーみたいなカントリー調の映画で、特にA lucky oneの世界観・風景は良かった。自分はどんな父親になるのだろうか、とか、そんなことを考えさせられる映画だった。
A thousand wordsはコメディ調で面白かった。
ふだんは飲まないワインと同じで、いつもはまったく見ない映画なのに、海外へ行く飛行機にいると見てしまう。いつもと違う場所にいることで、いつもと違う自分を過ごしているのかも。
イスタンブールに着いた。
アヤソフィア
イスタンブールに着いてからは、アヤソフィアというキリスト系の協会を回った。イスタンブールはキリスト系とイスラム系が共存する都市らしい。
その前に、早速同じツアーの子どもが一人迷子になった。
アヤソフィアは500年代に、たった5年間で作られた教会で、以後1000年間は世界で3番目の人口の建造物、世界一の教会だったらしい。
ちなみに世界の建造物ではピラミッドが最も大きく、万里の長城、アヤソフィアと続く。教会においては1500年くらいに、スペインできたものに世界最大の座を譲ったらしい。ピラミッドが万里の長城より大きいとは…
アヤソフィアでは壁に手を入れて願いを叶えながらぐるりと回すというものがあった。
並んでやってみる。腕がちぎれるくらいに本気で一周させたので、後ろの外国人に「Funky!! Crazy!!(うろ覚え)」みたいな感じで褒められた。
地下宮殿
アヤソフィアの後は地下宮殿へ向かう。
ここは貯水庫として作られた地下建造物であり、また宗教的な施設でもあった。確かメデューサは異教の象徴であり、それを潰すようにして柱を立てる、という意図だった気がする。
歴史的背景はともかく地下宮殿は美しく、泳いでいる魚に癒された。
海の見えるレストラン
早めの夕食ではリカという葡萄酒を飲んだ。
水を入れると青から白に変わるらしいが、何故か透明の状態ででてきて少し微妙な印象。再チャレンジをしてみたいと思う。
ご飯自体はまあ普通。
同じツアーのおばさんがよく話しかけてくる。
トラムで散歩
ホテルに戻ってからはシャワーを浴びてトラムという路面電車に乗った。海外に来たら、電車に乗りたくなる。
観光客はどこで降りるのか、何系の人が多いのか、電車の本数は多いのか、バイオリン弾きは乗っているのか(パリにいた。聞いてるとお金請求される)。市として、国民性として、他国との関係として、色々感じられると思う。
ちなみにトラムは距離制ではなく回数制で、どこまでいっても料金は変わらなかった。パリも確か同じだったと思うけど、単純な料金制度で利用できるのは観光客としてはとってもありがたい。
日本も東京メトロや大阪市営地下鉄くらいは回数制にしたほうが、グローバリズムを計れるのではないのかと思った。あと、地方から都会に出てきた「電車に惑う人」も救えると思う。
チャイナタウンのようなスーパー
トラムでは目的地があったわけでもなく、旧市街と新市街をつなぐ橋を渡っただけですぐ折り返した。元の駅の近くに戻って、スーパーを探す。
スーパーはフランスのチャイナタウンにあったスーパーに似ていて、あまり目新しさはなかった。
ホテルに帰りシャワーを浴びて早めに寝る。ちかは洗濯をしてくれていて、私は地図を見ていた。ちかは前に私のことを、「海外でも迷わず移動できることがスゴい」と言ってくれていたが、このようにちかのサポートがあるから、地図を読む時間があるのだな、と気づいた。
迷わないことに関して誇らしく思うだけでなく、ちかに感謝をしなければならないと思う。
3年後のあとがき
この10日間のトルコ旅行は国内をぐるっと回るようなツアーで組まれていて、初日と最終日がイスタンブールだった。旅行記内にも書いたけれど、イスタンブールにはトラムがあるおかげで、とっても観光がしやすい。
夫婦トルコ旅行の3日目トロイでトイレについて考えたこと
ホテルバイキング
朝起きてすぐ、ホテルのバイキングに行く。トルコでは生野菜が危険だから食べないほうが良いと言われたけれど、食べられるメニューが少なすぎる。料理の3割がチーズとは、どういうことか。
チャイはおいしかった。インドや日本で飲んだチャイはミルクと砂糖がたっぷり入っていたけど、トルコで飲んだのは濃くて苦くて、それがいい。
バイキングのあと、私とちか(奥さん:以降「ちか」)が同時にトイレに行きたくなったので、ちかは先に部屋に戻り、私はフロントでトイレを済ませた。部屋に戻ろうと思っても、ちかがトイレと愛を確かめ合っているせいで部屋にいれてもらえない。
ドアの前で立ち尽くす私を見て、同じツアー客の人が、「なぜあの人は閉め出されているのだろう…」みたいな顔をしていた。
有料のトイレ
バスに乗り込みガイドさんの話を聞く。このガイドさんの話、一体どれだけの人が聞いているのだろう。日本人の反応は、とっても薄い。きっと反応はないけれど、しっかり聞いているのが日本人の国民性なんだろう。
高速から見える景色はひまわりが多く満開のところもあった。ひまわりは食用油として使うらしく、他にもカボチャやオリーブなど、トルコ人は油を好むらしい。確かにイスタンブールの海岸にいたおじさんたちのたぷたぷのお腹が、それを物語っていた。
パーキングで買ったリプトンがおいしかった。外国の飲み物って甘すぎるものが多いから、サッパリした飲み物に出会うと感動する。
パーキングでトイレに行くとき、初めてお金を払ってトイレに行った。1トルコリラ約42円分の用を足さないといけない気がしたけれど、特に大きな成果はなく、多少の悲しさを覚えた。
絶食と時代の流れ
トルコでは今、ラマダンという絶食のときらしい。
ただ絶食と言っても1ヶ月何も食べないのではなく、1ヶ月の間で「日が出ている時だけ」は食事、性行為を行ってはいけないということらしい。
トルコでは政教分離が行われているので、教えを守らなければならないというわけでもない。実際に多くの若者はラマダンを行わなくなって来ているらしい。
それが良いことなのか、悪いことなのかはよくわかならない。無宗教の私にその思いを理解することは、もしかしたら一生できないのかもしれないと思った。
今回の昼食は魚料理とのことだけど、また美味しくない。いつになったら美味しいご飯が食べられるのだろう。
バスを舟に乗せて
昼食の場所を出発した後は車も乗るくらいの大きい船に乗った。
広島の宮島に行く時にも同じような船に乗ったけど、今回の船の大きさはその比じゃなかった。
汚い車を掻い潜りながらデッキへと進んでいる時、外国人と日本人の車に対する意識の違いを再確認する。やはり外国人にとっては、車は大事な物ではなくて、ただの手段なんだろうな。
トロイ
トロイにて木馬と遺跡を見る。
トロイの木馬という言葉を聞いたことがあるけれど、実在するとは思っていなかった。しかも木馬は「おまけ」で遺跡の方がメインだとは想像もしなかった。
トロイ遺跡は紀元前3000年から9回にわたって同じ場所に遺跡が作られており、その回数や、初めての碁盤の目の遺跡ということで世界遺産に登録されている。
ただ、今ではボロボロの跡地しか残ってなくて、印象としては暑い・陽射し強い・ダルいといったイメージの方が色濃く残ってしまった。
木馬の中には入れる。予想以上に小さくてガッカリする。
関係ないけど、トロイに関わらずトルコのトイレは何故鍵が壊れているのだろうか。
エーゲ海のホテル
今回のホテルはリゾート風の高級ホテルだった。
プール付き、
エーゲ海のビーチ付き、
部屋からはエーゲ海が望めるオーシャンビュー。
食事の場所も豪華だったが、味はやっぱり微妙だった。
今回の旅行で日本料理の素晴らしさを実感することが多い。
食事の後はエーゲ海でぴちゃぴちゃした。夕日が綺麗な時間帯で、ちかはたくさん夕日の写真を撮っていたけど、エーゲ海にいるというか、エーゲ海自体を知らなかったらしい。
この海岸ではとても人懐こい片目の猫に出会った。スリスリしてくるから、嬉しいやら病気とか大丈夫なのかやら、様々な思いが入り混じっていた。
部屋に戻ってからは久しぶりの湯船に浸かって、洗濯物をしたのちにベランダで星を見た。北斗七星がくっきりと見え、エーゲ海の対岸の人口の淡い光が見え、普段の生活とは真逆の光関係が好きだった。
今回の旅行ではぼーっとしていることが多い気がする。
日本にいるときは、空き時間を有効に使わなければ、という強迫観念みたいなものに襲われることがある。
今の自分には、ぼーっとただ時間を過ごすことに勇気がいると思う。
3年後のあとがき
やけにトイレについて考えている一日だったと思う。世界遺産のトロイについてはほとんど記憶がなくて、パーキングエリアのトイレとか、エーゲ海にいた猫とか、とても小さいことのほうが鮮明に思い出せる。
最近は大きな観光地に行った話ばかり書いていて、その観光地のそばにあるよくわからないサブストーリーみたいなものは削ぎ落としてばっかりだったなーって思った。そういう書き方をしているうちに、旅の仕方もそういうサブストーリーを省略するようになってしまっている気がする。
なんだかもっと、自分にしかわからないレベルの小さいことを大切にしたいと思った。
夫婦トルコ旅行の4日目革工場で魅せたファッションショーとトルコの硫黄泉
トルコ石
バスはトルコ石の店に着き、ガイドさんからトルコ石の話を聞いた。トルコではよく偽物が売られているそうだが、本物でないとすぐダメになってしまうらしい。
昨日のカシミアストールの店でもそうだったけど、ちかは店員さんと話すのが好きなようだ。
自分が一番いいと思っていた、キレイな青いネックレスをプレゼントした。喜んでくれて、私も嬉しかった。
エフェス遺跡
エフェス遺跡はトロイ遺跡とは異なり、遺跡としての形が綺麗に残っていた。そうしてキレイに残っていること自体が、世界遺産として登録されている理由らしい。
ただ暑い。というより、熱い。
大理石でできた屋外の道を歩く。日除けとなるものもほとんどない。日傘をさしていても暑い。
昼食では初めてスイカジュースを飲んだ。美味しい。
一番搾りのエキストラヴァージンオリーブオイルがオススメらしいが、70トルコリラ(超円高の当時でさえ3000円)となかなかのお値段だった。もこみちが喜びそうな店だった。
革工場でファッションショー
昼食後は革工場へ。パムッカレ地方は一年を通して暖かくて羊の毛が伸びることはないそうで、非常に柔らかい革ができるそうだ。
革のファッションショーはとにかくリバーシブル自慢がスゴかった。ほら、これも裏返して着られるのよ、という顔。ファッションショーを見るのは初めてだったけど魅せかたがけっこう楽しくて、日本のファッションショーも見てみたくなった。
革製品はさすがのお値段、トルコにもう一度これるくらいのいいお値段だった。
温泉付きのホテル
今日のホテルはリッチモンド。
エアコンと冷蔵庫が壊れているという状況にあったが、ご飯も高級そうなところで食べられた。基本的に今回のツアーは綺麗なとこで食べるのが多い。日本人向けのツアーだと、そうなるのかな。
ちかは色々と怪しげなデザートを取ってきたけれど、案の定食べれたものじゃなかった。海外のお菓子は、甘さがスゴい。
ここでは伝統的なトルコ風呂に入った。シャワーキャップを被り、正方形のお風呂の真ん中には台座があり、そこで垢すりをしていた。つまり、垢だらけの風呂だった。
外にも温泉があり、こちらは垢もないし露天で気分もいいから、食前食後の二回はいった。硫黄の匂いがする温泉で、異国の土地で温泉に入れるとは思わなかった。汗がにじむくらいの熱さで気持ちよかった。
食後にハンモックで揺れていたら同じツアーの若者たちがプールで戯れていた。次の日聞いた話だと、あの後ビールを部屋で飲んでいたらしい。
ハンモックで揺られていると、英語を喋れない外国人の子供が揺らしまくって来た。
なんて言ってたか少し気になったけど、楽しかったからいいかな。部屋に戻ってシャワーを浴びたら、いつのまにか寝てしまっていた。
3年後のあとがき
ツアーにありがちな「ショッピングばかりを突っ込まれて飽き飽きする」の典型パターンのようにも見えるけど、ただ免税店に連れて行かれるのではなく、こうして「革工場」とかの魅せるショッピングが多いツアーだった。
このあとも色々とショッピングスポットを合間に挟まれていたけれど、それはHISのキックバックではなく、しっかり観光を意識されたものが多くて、ツアーのイメージがガラッと変わった。
夫婦トルコ旅行の5日目世界でもっとも美しい白と青の景色が最高だった
パムッカレ・ヒエラポリス
パムッカレは、ガイドブックを見ている限りは「白い山」ってイメージしかなかった。だけど、実は遺跡と療養温泉などもある一大複合観光施設だった。
石灰で出来た真っ白な段々畑。そのひとつひとつに蒼く光る不思議な温泉が流れ込んでいて、とても綺麗だった。白い石灰と空を映した青い温泉、今までに見たことのない景色だった。
山の麓には緑多い街が広がり、視界には美しいものしか映らない。
ガイドさんの説明を聞いていると、温泉が流れているのは二週間に一度しかないそうだ。ガイドさんまでもが、「今までで初めて見るくらい綺麗なブルーだ」と言っていた。とても運のいい。日頃の行いがいいんだ。
見て楽しんだ後は、浸かって楽しみ、撮って楽しんだ。
ブリッジをして写真を撮ったけど、その後に腰を痛めた。筋トレが、必要だ…
今度は一日かけてパムッカレに来たい。飽きるまでその景色を見たい。そしてもっと多くの自然遺産を見て回りたいと思った。
にしてもボキャブラリーの欠如が甚だしい。なんて言葉にすれば、あの美しさを表現できるのだろう。
パムッカレを出た後のパーキングエリアでハチミツヨーグルトなるものを食べたけど、これは美味しかった。チャイと合う甘さで、上にはケシの実が乗っているらしい。パムッカレはケシの実でも有名だが、麻薬物にもなり得るので国の管理の元に作られているらしい。
このパーキングではちか(奥さん:以降「ちか」)がカメラを忘れてしまい、集合時刻も間違えていた。色々と任せてしまっていたみたいで、ちかを申し訳ない気持ちにさせてしまった。もっと自分もしっかりしておかないといけない。
支え合うことが大事だと思う。旅は楽しいけど疲れる。慣れない土地で慣れない人と慣れないものを食べて慣れないことをする。それが楽しくてやりたくて旅をするんだけど、やっぱり疲れる。だから支え合うことが大事で、支え合えることができるのは、素晴らしいことだと思う。
バスの中で肩と肩で支え合うとき。骨しかない自分の身体だけど、揺れるガラスに寄りかかるよりは痛くないし、ちかに寄り添う時は安らぐ。
友達とはそういうことはできないし、こういう支え合いができるのは感謝すべきことなんだと思う。料理をシェアしたら二倍食べれるし、荷物を分担したら色んなものを持てるし、役割を分担したら責任が分散できる。
そういうことができる関係を今まで築いて来たことは、今後にも繋がることだと思う。そのためにも自分がもっとしっかりすることも必要だと、再認識しよう。
コンヤ メル何とか博物館
コンヤに向かう途中のバスで偶然に日本庭園を見つけてしまい、思わず叫んでしまった。何でそんなに嬉しかったのだろう、やはり何だかんだで日本が一番好きなんだろうか。
メルなんとか博物館では何やら偉い人のお墓を見た。しかしそろそろ歴史アレルギーになってきていて、話はあまり聞けていない。
ツアーの人気な箇所はパムッカレとカッパドキアだと言っていたけど、それは両方歴史的背景とかに関わらず、身体でその偉大さを感じることができるということが良いんじゃないのかな。
このメルなんとか博物館を観光してた際に日本庭園について何回か聞かれた。みんな気になっていたのかな。
その頃ちかは1リラでポストカードを買い、その3分後に半額の0.5リラのポストカードを見てしまい、あまりのショックで叫びながら走り出すのであった。
日本円にして、その差は25円。その晩、ショックがでかすぎて体調を崩してしまったのにはさすがに驚いたけど。
スーパー
ホテルについてすぐに地元のスーパーに行った。
スーパーは探検しているだけで楽しい。ハチミツやらスープの粉などをお土産用に買いまくったけど、4000円くらいにしかならなかった。トルコはまだまだ物価が安いんだな。
スイカなんて一玉10円くらいで安すぎのレベルを超えている。
オイルコーナーは二列もあり、ここでももこみち絶賛は間違いないだろう。
夕食
夕食では同じツアーのメガネ夫妻とご一緒した。
私が取ってきた大きなシシトウが気になっていたようなので、食べかけだけど、「食べますか?」と聞いてみたんだけどみんなに笑われた。個人的には普通のことだと思ったから、ちょっとびっくり。
ホテルの部屋で、ノックされたりドアが空いたりする怪奇現象が起きた。きっといたずらか飽きっぱなしのドアを閉めてくれたとかそんなもんだと思うけど、実際に怒ってみると気持ちが悪い。
霊を信じないと思っても、体験してしまうと疑わざるを得ないんだなと実感した。
3年後のあとがき
私が読んでいたガイドブックには、パムッカレはとってもあっさりとだけ載っていたけど、実際に行ってみると、感動の度合いがスゴかった。こんなにキレイな景色があったんだ。
青い海というだけであれば、世界中の色んなリゾート地にある。だけど、この棚田のような白と青の景色はここにしかないのが、より感動的だなって思う。
夫婦トルコ旅行の6日目世界遺産カッパドキアの洞窟ホテルが予想を超えて最高だった
地下都市
この日は、前日にお話ししたメガネ夫妻から教えてもらった「支払い検定」というアプリをやった。
100万人が遊んだ定番アプリ!
あなたのお財布、いつも小銭で溢れていませんか?
一見不思議な払い方をして、お釣りにきれいな数字が並んだ瞬間。店員さんの「なるほど」という顔……。一度体験すると病みつきになります。
面白くて実用的。ちなみに5,50を使った買い物が苦手だ。
そのあとは地下都市へ。トルコはファイナルファンタジーのモデルにも選ばれたことがあるらしいし、何だかカッコいい名前の場所が多い。
地下都市は非常に涼しく、狭かった。頭がぶつからないようにうまく歩いたけど、何回か頭をぶつけてしまった。一方でちか(奥さん:以降「ちか」)のスイスイ加減が素晴らしかった。私に「かんちょう」をされた一回以外は頭をぶつけなかったらしい…
ここはトルコ人が迫害にあった時に使われた防空壕のようなものらしい。
洞窟レストラン
洞窟レストランで壷焼きケバブを食べた。
初めてトルコでおいしいものを食べれた気がする…
また、洞窟の中という雰囲気もよかった。
ここではカッパドキア名産のワインを頂いた。カッパドキアは葡萄の産地らしい。飲みやすいワインを飲むことが出来て幸せ。少し眠くなった。
ちかは案の定飲んだ直後は元気になり、しばらくたつと寝ていた(ちかは酒に強くない)。
絨毯工場
絨毯工場ではトルコの伝統的な絨毯織を見せて頂いた。
絨毯工場は工房+学校のようになっていた。工場で学んだ後は、家に帰って内職ができるようになるらしい。食べ物が育ちにくいカッパドキアでは、女性は絨毯織、男性は陶器作りができないと結婚ができない。ニートは結婚できないということか…
絨毯工房でのパフォーマンスは素晴らしく、空飛ぶ絨毯やら、投げると色の変わる絨毯やら、さすが絨毯の専門家という感じ。見ていて楽しい。
ちかがトルコ絨毯を着ている。
ちかは出発前にトルコ絨毯に難色を示していたんだけど、実物を見たら気に入ったようだ。ただ、値段に難色を示して、最終的には諦めた。小さいサイズでも5万。研究室の同期は「みんな買った」と言っていたけど、本当に買ったのだろうか…
4WDで世界遺産を走る
カッパドキアでは4WDに乗って世界遺産を走り回った。
かなり運転が荒く、何回もアップダウンを繰り返し、何回も崖から落ちそうになった…
カッパドキアの渓谷はどうやってできたのだろう。とっても不思議。パムッカレと同様に、カッパドキアも徐々に削れていっていて、私が寿命を迎える頃にはなくなってしまかもしれないらしい。
ここでも「私のボキャブラリーの欠如」は依然として猛威を振るっているが、カッパドキアの雄大な自然は凄かった。
4WDから降りるとこの旅初のトルコアイスをもらった。本当にぐねぐねと練り回している。結構おいしい。
1つ1トルコリラのポーチを見つけた。実は地下都市で、ちかは同じものを値切って買っていたが、それが13個21トルコリラだった。つまり、値切りには負けていたわけだ。
ちかは具合が悪くなってしまった。その具合の悪さは一目見たらスグにわかるほどで、ホテルでは色んな人に心配されていた。理由は8リラ負けたことなんだけど。
洞窟ホテル
洞窟ホテルは汚い防空壕みたいなイメージだったんだけど、豪華でおしゃれなホテルで、部屋から見えるカッパドキアの景色は綺麗だった。
中身だけでなく景色も素晴らしいという点では、日本を含めて今まで泊まったホテルの中で一番感動したホテルかもしれない。
夕食もおいしく、日本で行った伊東のきらの里と同様にもう一度泊まって見たいホテルだった。一緒にお風呂に入った後、エスカップを飲んで爆睡したちかは元気になり、元気に夕食を食べていた。
3年後のあとがき
トルコの自然遺産を回った一日。ツアーということでほとんど中身はHIS任せなところがあったんだけど、本当に毎日が楽しかった。「ツアーは自分の行きたいところに行けないし免税店ばかりでつまらない」とかよく言うけど、質のいいツアーだと、自分がまったく予想していない旅のワクワクに出会えてスゴく楽しい。
良いツアーに巡り会えるかどうかは、運なのかもしれないけれど…
夫婦トルコ旅行の7日目カッパドキアの大自然で見た何百もの気球は感動だった
気球ツアー
カッパドキアの洞窟ホテルに泊まった朝は早起きして気球ツアーへ。
どんなにいい景色を見ても「時が止まればいいな」なんて思わなかったが、今回は「ずっとこうしていたい」と思った。
空から望む朝日の渓谷を背景に飛び回るバルーンの数々。
バルーンの動きがゆっくりに見えるからなのか、のんびりとした気持ちで過ごすことができた。
着地の時は、なんと地面ではなく車に直接だった。
この旅行は本当にパフォーマンスが素晴らしい。
着地後は気球を足で潰して歩いた。
これが思った以上に楽しくて、童心に帰ったような気持ちでひたすら笑顔だった。潰している途中で、「何で自分はこんなに笑ってるんだろう?」と思うくらい楽しかった。
気球を潰したあとは、カッパドキア名産のワインで乾杯。
乾杯をするまでの私たちジャポネーゼのテンションがあまりにも高く、まわりの欧米人が引くほどだった。段々とツアーの人たちの距離が、自然と近づいていっている気がする。最初はよそよそしかった赤の他人が、たった何日かで自然と笑顔を作り合えるようになっている。旅ってスゴいなって思った。
パムッカレに引き続き自然遺産の良さを感じた。歴史的背景も知らずにただ見るだけで感じることができる。感動は言葉に表すことができないという経験は、誰にでもある。やはり言葉や写真で伝えられないものは体験してもらうしかない。
もし写真と言葉だけでその感動を味わえるのであれば、本物なんて見なくてよくて、旅なんてしなくても良くなってしまう。
でも、実際はそうじゃない。写真で表せない声、時間。ビデオでは表せない匂い、風。言葉で表せないもの。きっと自分でも気づかない感動を、私は今、全身で感じているんだと思う。
ハサンさん(カッパドキアに住む人)の家
ハサンさんの家でチャイを頂いた。
ギターみたいなやつでカエルの歌を弾いていたら半音ずれていると言われた。ギターの弾き方を完璧に忘れてしまった。
2人ではじに座っていたら、添乗員さんに「可愛い」と言われ写真を撮ってもらえた。一人ではなく、カップルとして何かを言われるのは嬉しい。
ここではちかにスカーフを買った。
陶器の店
その後に行ったお土産屋は高すぎたので、近くにあった国旗で遊んだ。
同じツアーで仲良くなり始めていたメガネ夫妻と一緒になって遊び、写真を撮った。
ただ腰を痛めた…
このことをキッカケにして「腰神様」と呼ばれるようになる。このあとツアーの人たちがたくさん来て、何だか知らないけど色んな人と写真を撮った。自然と仲が良くなっていくのがくすぐったいけど嬉しくもある。
ちかがたくさん笑っていたので嬉しかった。
アンカラ
アンカラの街は、同じ規模のイスタンブールと比較すると街の汚さが尋常じゃなかった。やはり街自体が世界遺産であるイスタンブールは、管理にも相応の扱いを受けているのかな。ちなみにアンカラがトルコの首都らしい。
街は汚いからすぐに帰って夕飯を食べているとき、「超」という言葉ばかりを発する同じツアーの女の子(20才くらい)に話しかけられた。明らかにタイプが違うし、予想通り話が続かなかった。私が話したことを、ただテンション高くおうむ返しされるという謎のやり取りが続く…
どうやら「超」女の子のグループは部屋で飲み会をするらしい。
同じツアーでもカップル組と友だち組では自由時間の使い方も違うんだなぁ。
そう言いつつ、シャワーを浴びたあと、トルコのエフェスビールを飲んだ。
飲みながら今まで撮った写真のスライドショーをやってみる。何だかトルコ旅行がもう終わりなんだなと思うと、少しずつ淋しくなってくる。
3年後のあとがき
トルコはバスツアーで行ったからこそ、これだけ長い日記を毎日書き続けられたのかも。いまだに旅に出ると、どうしても「時間めいっぱい遊んでやろう!」と意気込んでしまうけれど、もっと自由にだらだらとした感じにしたほうが、こうやって思い出を綴りやすいのかも。
旅先では色んなことを考えているし、せっかくならこれからも文章として残したいな。
夫婦トルコ旅行の8日目イスタンブールを見渡せる塔で過ごした夜は満たされていた
メガネ夫妻との幸せな昼食
朝からバスはイスタンブールに向かって走り続けていた。
イスタンブールから始まったこのトルコ一周の旅も、あと少しで終わりなんだな。
イスタンブールに到着してからの昼食は、初日と同じ海の見えるレストランだった。
ここでは、ツアー中に出会ってからどんどんと仲良くなっているメガネ夫妻とまた一緒の席になれた。メガネ夫さんは役者をやっているらしい。同じツアーで行動をともにしていた人は30人ほどいたけど、このことを教えてくれたのは私たちくらいだそうだ。
親身にしてくれていることが伝わってきて、すなおに嬉しかった。
他のツアー客がポツポツとレストランをあとにしていく中、私達とメガネ夫妻は店に残り、出発時刻のギリギリまで話していた。この時が永遠に続けばいいのに、と思うほどに楽しい時だった。
ブルーモスク・トプカプ宮殿
昼食後はブルーモスクとトプカプ宮殿に行った。まずはブルーモスクへ。
ブルーモスクは靴を脱いで入らないといけない。そのためか、夏のこの季節は足の匂いがすばらしく香るモスクであった。
モスクのお祈りは男性と女性で分けられており、異性の邪心を遮り、神に祈るようだ。
そのままトプカプ宮殿まで歩いていく。途中の道で初日に訪れたアヤソフィアも見ることができた。
トプカプ宮殿は、パリで見たヴェルサイユ宮殿のように緑が美しい場所だった。特に敷地の奥から見えるヴォスポラス海峡がとってもキレイ。
この美しい海峡を見渡せるテラスでアイスを食べ、キャップゲーム(右と左のどちらの手にキャップがあるか?)を行った。このゲームではちか(奥さん:以降「ちか」)が負けることになったんだけど、負けた瞬間に叫び出したために周りにいる色んな外国人に見られることになった…
グランバザール
グランバザールは想像とは異なった場所だった。
屋内のバザーで、メイン通りには高級店が並ぶ。
陶器をいくつか買ったんだけど、偽物なのかわからず、相場さえもわからず、値切りが成功しているのかもまったくわからなかった。海外の値切りには、ある程度の割り切り感が必要だ…
日本円で考えて、そのお金で欲しいと思うなら買えばいいのかな。他の店よりも安ければ、「いいお店見っけ!」と思って買うことにしよう。
陶器の店で買っている間、隣の店はテーブル一列の陶器が全滅するという大惨事が起こっていた…
ガラタ塔
ガラタ塔では、この旅で初めてのカップルシートに座ることができた。なにげに2人だけの席で食べるのはこれが初めてだ。嬉しい。
食事の途中、塔の外に出てイスタンブールの全景を見渡した。イスタンブールは海峡と建物のバランスが絶妙だ。
ちかの写真を撮ろうと思ったら、目が半開きになっていて大笑いした。その姿を見た他のツアー客の人たちには、「微笑ましい」という思いで見られていたらしい。
のんびりと景色を見ていると、時々だけ話していたおばちゃんにゆっくりと話しかけられた。
「あなたたちを見ていると幸せな気分になるわ」
人に笑顔を与えて、幸せを与えられるカップルって、ステキだと思う。このおばちゃんの言葉を聞いて、とても嬉しい気持ちになった。トルコ最後の夜。最高の景色と、温かい人たちに囲まれて、この上なく満たされた気持ち。
レストランに戻る前、誰にも見えないような場所でキスをした。席に着いて、ガラタ塔の目玉となるベリーダンスを見始める。
ガラタ塔のベリーダンスはトルコでもハイレベルのものらしく、確かに身体の動きが、特に腹筋の動きが人間業とは思えなかった。見る前は、「ちょっとエロい服来たつまらん踊りでしょ」くらいにしか思っていなかったのに、実際に見てみると、「人間の神秘や…」と衝撃を受けるほどに感動した。
やっぱり、自分の目で見て肌で感じないとわからないことがあるから、旅はおもしろい。
3年後のあとがき
トルコの一周を終えて、イスタンブールに戻った日であり、トルコで過ごす最後の夜でもあった。ツアーでともに移動してきた人たちみんなが、旅の終わりに寂しさを感じつつ、また満たされた気持ちでもあるのが、とても心地よかった。
ツアー旅行も悪くないなって思った。というか、こんな人たちと出会えて仲良くなれるツアーならば、ずっとツアーでもいいと思えたくらいだった。
夫婦トルコ旅行の最終話トルコ最後の日ガイドさんの最後の言葉が感動的だった
シェラトン
トルコで過ごす最後の日。今日のお昼には出国しないと。
朝ごはんは、昨日から泊まっているシェラトンに着いていたバイキングを食べることに。
今までに見たことないサイズのはちみつがあった。
これって、蜂の巣まるまる一つ持ってきてるんだよな…
五つ星ホテルということで安心の美味しさ。総合的に見てトルコ料理はおいしくなかった。トルコはフランス、中国に並んで世界三大料理の一つと聞いてたから期待していたけど、全然おいしくなかった。あれなら毎日ケバブ出してくれたほうが良かったと思う。
タクシム広場(イスタンブール新市街)
シェラトンの目の前にあるメトロに乗って新市街へ向かうことに。
メトロの入り口が変なクモみたいだった…
イスタンブールの新市街を巡ってみるも、ガイドさんオススメのタクシム広場は空いていないお店ばかりで面白くなく、仕方ないから海岸を目指すことにした。
海岸までの道のりはちょっとしたスラム街の様になっており、「ちょっと怖い」と思いながら歩いていく。
海沿いっぽいところに出たような気がするけれど、実際に海を見るまでは時間がかかる。やっとの思いで海が見えたと思ったら、ビショビショのイスに座ってしまってズボンがおもらしをしてしまったようになってしまった…
その頃からは少しずつお腹が痛くなってしまい、いい景色を見れるはずだったけど海岸までは行かずに電車で帰ることにした。
シェラトン
シェラトンに着いてからは荷物を整理しながら、この旅が終わってしまう悲しさを少しずつ感じ始めていた。
空港までのバスで、ガイドさんが最後の挨拶をしてくれて、また少しだけ淋しくなった。初日のバス移動では、「ガイドさんのお話を聞いている人なんているのかな?」というくらいにみんなが無反応だったのに、この時の挨拶のあとでは自然と拍手が起こり、ガイドさんも、とても自然なキレイな笑顔をしていた。
アブダビ・成田空港
帰りの飛行機は空いていたので、一人で二座席を占領して寝させてもらった。ゆっくり。
今まで案内をしてくれたガイドさんとお別れするのも淋しかった。ガイドさんとは手荷物検査場でお別れをした。お別れをしたあと、この「これで旅が終わってしまうのが惜しいな…」という気持ちでその場に立ち尽くしていると、なぜかさっき別れたばかりのガイドさんが戻ってきていた。
ガイドさんは私たちに向かって、にっこりと笑顔を作ってこう言った
「それでは皆さん、成田空港に着きました。これから自由時間になりまーす!次の待ち合わせ時間は… なーんちゃって笑」
「こんなに終わるのが惜しいと思ったツアーは、初めてかもしれません。本当に、ありがとうございました」
まだ旅が続くかのように振る舞ったガイドさんを見て、何だか笑っていいのかわからなくなってしまった。また、この人のツアーに行きたいな…
メガネ夫妻と、ガイドさんに本当に別れを告げて、京成線のホームに向かった。今回の旅は、いろんな感情が揺れて、芽生える、ステキな旅だった。
3年後のあとがき
ガイドさんの最後のごあいさつはとても感動的なものだった。トルコのバスの中でも、成田の手荷物検査場の外でも、「旅の終わりのさみしさ」をあたたかなものへと変えてくれた。
今回の旅は、それまで私たちがしてきた旅とは少し違っていた。
他人をあまり寄せ付けない私たちが、旅を通して少しずついろんな人と関わっていけた。私たちはまだ彼氏彼女の関係だったけど、「見ていて温かくなれる夫婦ね」と言ってもらえたりして、とても嬉しかった。「私」とか「彼女」という一人ひとりではなくて、「夫婦」という一つのくくりで扱ってもらえたのが、とっても嬉しかった。
またトルコに、同じ人たちと行きたいな。
長きに渡りお読みいただきありがとうございました。これにておしましとなります。